2012年7月10日火曜日

『 父の命日 Special !』

”沖縄戦争で戦った父のの最後!”

昨年7月10日(日)の朝に
「今朝、親父が亡くなった!」 と
兄から電話がありました。
「葬儀の日にちが決まった連絡するから・・・」

そして翌日が通夜となり
電車で故郷へ向かいました。

いつも母の事だけを思ってたので、
この日だけは、父を思い出しました。

父は少し持病があったのですが、
母が亡くなってからは元気がなくなり
あまり話さなくなっていきました。

母が亡くなった時、父に聞いてみました。

「あとどれくらい長生きできそう?」
父は、「あと・・・・・10年は生きる!」
まさにそれは当たりました。

その10年の間に
私は何度もタイのチェンマイへ行きました。
その度に、兄や兄嫁に
何度も脅すような言葉がありました。
「お父さんに何かあったらどうするの?」

何かあったら帰国するだけ・・・・
第一に父はまだ死なないと言ってていたから・・・・

人は自分の寿命は大体解ると思っています。
母もそんな感じでした。

父はその後少しずつ衰弱していき
少しずつ話しもできなくなっていきました。

初めの頃は、一人一人の家族の名前を言え・・
次に会った時は、2・3人の家族の名前・・
次に会った時は、私の名前だけ・・

次に会った時は、誰を見ても
自分のたった一人の娘の名前だけしか
言えませんでした。

今思うと、とても光栄です。

父の90年の人生の中で、最もイメージに
残ったのは、" 沖縄戦争 " でもなく、母でもなく、
あんなに可愛がった孫でもなく、兄達でもなく
自分であったと・・・・・・



父が人生の最後に言った言葉 「みつえだべ・・・・?」
それしか口にすることがなく・・・

父は、 " 化石の人 " になり・・・・・・
老衰で,、母の元へ旅立ちました。

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