②アイテム目
戦後の昔は、甘いものが貴重品だったそうでです。
でも私は、生まれた時から甘い物が苦手でした。
5人兄弟の中で甘い物嫌いは、私一人です。
<小学3年の頃>
ある日母は、”おしるこ”なるものを作りました。
兄二人は、喜んで食べています。
それを見て私は、「何で?こんなの作るんだ!」
機嫌を損ね、泣き出しました。
兄二人は、「また、四角い口を空けて泣いてるよ!」
バカにして笑いだしました。 (この頃、いつも言われてました。)
バカにされたので、更に興奮してしまい、
「こんなの!」と、 おしるこの入った」お椀を外へぶん投げて・・・・!
更にかんしゃくを起こし、
大雨の外に飛び出し、反抗するのでした。
こんな時母は、怒りもせずただ放っておくのです。
(気が静まるのを待つ)
私の心のつぶやき・・・・・・
”私の嫌いな食べ物を、兄達の為に作った。”
☆大人になってから、
母は ”子供は全員かわいいんだ” と気づかされました。
◆本当にバカでした!
2012年2月22日水曜日
2012年2月21日火曜日
『心に残る、母のまずい手料理!3アイテム』
昔は優雅に ”おいしい手料理を作る”と云う環境ではないです。
家に有る物で食べるのです。
子供のおかずば、玉子焼き・ふりかけ・納豆・・・
”涙が止まらない編”は、その日に気分次第にします。
家に有る物で食べるのです。
子供のおかずば、玉子焼き・ふりかけ・納豆・・・
肉やさかなはあまりありませんでした。
卵は家で飼っているニワトリから・・・
納豆は自家製・野菜は畑から・・・
①アイテム
*大根おろしかけごはん*
私がまだ小さい頃の食事の時
その日は、子供が食べるような
おかずがなくて機嫌が悪くなり泣いてました。
おかずがなくて機嫌が悪くなり泣いてました。
母はお構いなしに、大根おろしでごはんをおいしそうに食べてます。
私は、「それ、おいしいの?」
母は、「おいしいよ!おいしいから食べてみな?」
「辛くないの?」
「辛くないよ。おいしいな~!」と母。
私は、ご飯の上に大根おりしをのせてもらい
パクリと口へ放り込みました。
すると、冷たくて・辛くて・まずくて・・・
「辛い!」と吐き出し、
「かあちゃんの嘘つき!」と泣いちゃいました。
今は、玉子焼きに大根おろしをつけて食べるのが好きです。
”涙が止まらない編”は、その日に気分次第にします。
2012年2月18日土曜日
『母は、着物が大好き!』
本日、タイピング192回更新しました。200回目標まであと少し!
母とよく郡山の街へ買い物に行きました。
デパートへ行くと、母は必ず呉服売り場に寄ります。
子供としては着物に興味がなく、全然行きたくないけれど、
仕方ありません。母と一緒にいたいのですから・・・・
でもなが~いんです。呉服を見ているのが、
生地をあれこれ・・・・
最初の30分くらいは我慢できますが、だんだん飽きてきて
「母ちゃん早く買えろう!帰ろう!」と何度もいいますが、
なかなか聞いてもらえず、いらいら・・・・・・・
「早く・早く」「早くして!」と何度もせがみ
やっと帰れるのは、2・3時間後・・・
「もうこりごり」と思うんですが、またついて行ってしまうのでした。
母は着物が大好きで、自分でも縫う事が出来ました。
今思うと、和服が縫えるって凄いですよね?
浴衣とか半纏とかを縫ってくれました。
そして一人娘の私に着物をたくさん買ってくれました。誰も頼んでないのに・・・
”一度も着ない着物が、箪笥にたくさん眠ってます!”
◆涙が止まらない編へ続く・・・
母とよく郡山の街へ買い物に行きました。
デパートへ行くと、母は必ず呉服売り場に寄ります。
子供としては着物に興味がなく、全然行きたくないけれど、
仕方ありません。母と一緒にいたいのですから・・・・
でもなが~いんです。呉服を見ているのが、
生地をあれこれ・・・・
最初の30分くらいは我慢できますが、だんだん飽きてきて
「母ちゃん早く買えろう!帰ろう!」と何度もいいますが、
なかなか聞いてもらえず、いらいら・・・・・・・
「早く・早く」「早くして!」と何度もせがみ
やっと帰れるのは、2・3時間後・・・
「もうこりごり」と思うんですが、またついて行ってしまうのでした。
母は着物が大好きで、自分でも縫う事が出来ました。
今思うと、和服が縫えるって凄いですよね?
浴衣とか半纏とかを縫ってくれました。
そして一人娘の私に着物をたくさん買ってくれました。誰も頼んでないのに・・・
”一度も着ない着物が、箪笥にたくさん眠ってます!”
◆涙が止まらない編へ続く・・・
2012年2月17日金曜日
『本格的に始まる母へのおっかけ!』
母が入院した事で、私は”母の死”を意識するようになりました。
”母ちゃんが死んだら、生きていけない。”と恐怖でした。
でも考えたくないです。
母が退院してからは、
毎日毎日 ”母ちゃんどこいくの~?”と
学校から帰ると、
週末、いつも母は行商にいきます。
市場に出せなかった野菜をりヤカーに積んで売り歩きます。
ルートセールスです。
それに私はいつも一緒に行きました。
小さい頃は、リヤカーの片隅に野菜と一緒に乗せてもらい、
大きくなるとリヤカーを押して、手伝いました。
お客さんはいつも決まっていて、休憩させてもらうお客さんの家も決まってました。
お客さんは常連さんです。
母と一緒にお茶やジュースをご馳走になったりして、
母と一緒でいられる事が幸せでした。
帰りにはリヤカーも軽くなり、買い物をして帰ってきます。
それが楽しみでした。
おっかけで行くと嫌な所へ続く・・・・・
”母ちゃんが死んだら、生きていけない。”と恐怖でした。
でも考えたくないです。
母が退院してからは、
毎日毎日 ”母ちゃんどこいくの~?”と
学校から帰ると、
- 仕事場まで迎えに行ったり、
- 近所の母の友達の家に着いて行ったり
- 買い物には必ず
- 親戚の家にもいっしょに
週末、いつも母は行商にいきます。
市場に出せなかった野菜をりヤカーに積んで売り歩きます。
ルートセールスです。
それに私はいつも一緒に行きました。
小さい頃は、リヤカーの片隅に野菜と一緒に乗せてもらい、
大きくなるとリヤカーを押して、手伝いました。
お客さんはいつも決まっていて、休憩させてもらうお客さんの家も決まってました。
お客さんは常連さんです。
母と一緒にお茶やジュースをご馳走になったりして、
母と一緒でいられる事が幸せでした。
帰りにはリヤカーも軽くなり、買い物をして帰ってきます。
それが楽しみでした。
おっかけで行くと嫌な所へ続く・・・・・
2012年2月16日木曜日
『母の入院3日目!』
今日も学校が終わって、一人バスに乗り病院へ向かいました。
病院に着くと、診察医が巡回してきました。
母の母は、「この子には見せられない。きっと手術後の傷を見たら
母ちゃんがかわいそうになり、泣いてしまうよ!」と・・私を廊下に連れ出しました。
売店へ行き、おやつや本などを買ってくれました。
母のベットのそばで、誰にも邪魔されず3人でお話しするのが楽しいでした。
母を独り占めできて、”母ちゃんが元気になればこんな生活も悪くない。泊まりたい。”
とも思いました。
でも夜8時頃に父が迎えに来て帰らなければなりません。
帰りたくないのに、父の自転車に乗せられ暗い夜道を
寂しい気持ちで帰ったのをよく覚えてます。
その頃の私は、母と父と3人で川の字のようにして寝てました。
私は母といっしょの布団です。
母が入院してる間は、父の布団で寝ました。
父はとても子煩悩でやさしくしてくれましたが、
母が恋しくて・・・・・。
母はいつ頃だったか、こんな事を言ってました。
”この世で一番悲しい事は、母と子が離れて暮らす事”
病院に着くと、診察医が巡回してきました。
母の母は、「この子には見せられない。きっと手術後の傷を見たら
母ちゃんがかわいそうになり、泣いてしまうよ!」と・・私を廊下に連れ出しました。
売店へ行き、おやつや本などを買ってくれました。
母のベットのそばで、誰にも邪魔されず3人でお話しするのが楽しいでした。
母を独り占めできて、”母ちゃんが元気になればこんな生活も悪くない。泊まりたい。”
とも思いました。
でも夜8時頃に父が迎えに来て帰らなければなりません。
帰りたくないのに、父の自転車に乗せられ暗い夜道を
寂しい気持ちで帰ったのをよく覚えてます。
その頃の私は、母と父と3人で川の字のようにして寝てました。
私は母といっしょの布団です。
母が入院してる間は、父の布団で寝ました。
父はとても子煩悩でやさしくしてくれましたが、
母が恋しくて・・・・・。
母はいつ頃だったか、こんな事を言ってました。
”この世で一番悲しい事は、母と子が離れて暮らす事”
2012年2月14日火曜日
『母の死を意識する出来事!!』
”母が甲状腺で入院”
母が49歳を目前した頃と思います。
私は10歳、小学3年の頃だと記憶します。
学校の友達が不安になる事を言うのです。
「49歳って・・・・・・・・・」っと縁起の悪い事を言って脅すのです。
その頃、母が急に甲状腺の手術で1週間入院する事になりました。
心配で・・・心配で・・「手術、痛いんだろうな?」
手術後も元気になってくれるか?
もっと悪い病気を隠してるんじゃないか?
不安で、心配で、寂しかったのをよく覚えてます。
当然!
私は毎日、学校が終わったらバスで母の入院する病院へ
看病に通う事にしました。
初日は手術の日です。
心配で早く病院に行って母に逢いたいと・・・・・
病院には、母の母が看病に来ていました。
手術が終わったところでした。
母の首には包帯が巻かれて、痛々しいです。
「母ちゃん!大丈夫?痛くない?」
母は少し苦しそうですが、「心配しなくていいよ。すぐ治るから・・」
でも吐き気がしたようで、苦しそうです。
私は洗面器をもってきて、背中を擦ってやりました。
”これが初めての母への看病です。”
☆これを機に、母への”追っかけ”が加速するのです。
「母ちゃん!どこいくの~?」続く・・・
母が49歳を目前した頃と思います。
私は10歳、小学3年の頃だと記憶します。
学校の友達が不安になる事を言うのです。
「49歳って・・・・・・・・・」っと縁起の悪い事を言って脅すのです。
その頃、母が急に甲状腺の手術で1週間入院する事になりました。
心配で・・・心配で・・「手術、痛いんだろうな?」
手術後も元気になってくれるか?
もっと悪い病気を隠してるんじゃないか?
不安で、心配で、寂しかったのをよく覚えてます。
当然!
私は毎日、学校が終わったらバスで母の入院する病院へ
看病に通う事にしました。
初日は手術の日です。
心配で早く病院に行って母に逢いたいと・・・・・
病院には、母の母が看病に来ていました。
手術が終わったところでした。
母の首には包帯が巻かれて、痛々しいです。
「母ちゃん!大丈夫?痛くない?」
母は少し苦しそうですが、「心配しなくていいよ。すぐ治るから・・」
でも吐き気がしたようで、苦しそうです。
私は洗面器をもってきて、背中を擦ってやりました。
”これが初めての母への看病です。”
☆これを機に、母への”追っかけ”が加速するのです。
「母ちゃん!どこいくの~?」続く・・・
2012年2月13日月曜日
「母の死をまだ意識してない出来事の続き2』
耳鼻科で、母に膝の上に抱っこされて診察椅子で
泣きながらも診察をやっと終える事ができました。
私は、「もういやだ!こりごり!」と思い、
母は、これに味をしめ、医者に行って泣きだしたら、
抱っこして診てもらえばいいと思っているらしかったようです。
☆甘えさせ過ぎですね?
耳鼻科に行ったことが忘れた頃、母が言うのです。
「お医者さんに行くから、洋服着替えようね?早く々・・・。」
それを聞いた私は、咄嗟に反応!
行きたくない!逃げるしかない!
”あんなのもういやだ!”と逃げ出しました。
母は追いかけてきます。 ”いつもならあきらめるのに?変だな~”
私は、本気で思いっきりダッシュして逃げます。
母も諦めず追いかけてきます。
”この時の記憶”
ずーっと走っていると、たんぼが見えてきました。
その泥土のたんぼの中に入ったら、母ちゃんは追いかけて来ないと思いました。
私はドロドロの田んぼをズボズボ走り、田んぼのあぜ道から振り返ると・・・
母は、がっかりしたように戻っていきました。
”この頃から、作戦がうまくて逃げ足速かったようです。”
しばらくして家に帰ると、もう母は何も言いませした。
怒りもしません。怒っても効き目がないとわかっているからです。
母は私によく言います。 「言い出したら聞かない。」
意味は、”自分が欲しいものややりたい事があると、誰になんと言われても諦めが悪い”
悪く例えると ”わがまま” ”人どうあれ 自分は・・・・・!”
良く例えると ”目標ができると必ず達成する”
その後
鼻の病気は風化し、自然治癒力に強くなりました。
もし母の死を意識していたら・・逃げなかったかもしれません。
母が困るのかわいそうだから・・・
☆母の死を意識するるきっかけに続く・・・
泣きながらも診察をやっと終える事ができました。
私は、「もういやだ!こりごり!」と思い、
母は、これに味をしめ、医者に行って泣きだしたら、
抱っこして診てもらえばいいと思っているらしかったようです。
☆甘えさせ過ぎですね?
耳鼻科に行ったことが忘れた頃、母が言うのです。
「お医者さんに行くから、洋服着替えようね?早く々・・・。」
それを聞いた私は、咄嗟に反応!
行きたくない!逃げるしかない!
”あんなのもういやだ!”と逃げ出しました。
母は追いかけてきます。 ”いつもならあきらめるのに?変だな~”
私は、本気で思いっきりダッシュして逃げます。
母も諦めず追いかけてきます。
”この時の記憶”
- 母は追いかけっこのように、半分ふざけて追いかけてるのか?
- どうして、耳鼻科連れて行きたかったのか?
- 連れて行かないと父に叱られるからか?
ずーっと走っていると、たんぼが見えてきました。
その泥土のたんぼの中に入ったら、母ちゃんは追いかけて来ないと思いました。
私はドロドロの田んぼをズボズボ走り、田んぼのあぜ道から振り返ると・・・
母は、がっかりしたように戻っていきました。
”この頃から、作戦がうまくて逃げ足速かったようです。”
しばらくして家に帰ると、もう母は何も言いませした。
怒りもしません。怒っても効き目がないとわかっているからです。
母は私によく言います。 「言い出したら聞かない。」
意味は、”自分が欲しいものややりたい事があると、誰になんと言われても諦めが悪い”
悪く例えると ”わがまま” ”人どうあれ 自分は・・・・・!”
良く例えると ”目標ができると必ず達成する”
その後
鼻の病気は風化し、自然治癒力に強くなりました。
もし母の死を意識していたら・・逃げなかったかもしれません。
母が困るのかわいそうだから・・・
☆母の死を意識するるきっかけに続く・・・
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