2012年9月30日日曜日

『母は強し!』

子供を5人産んだ母は、本当に強いと感じてました。

" 痛みの強さと心の強さを感じた思い出 "

★ある日家族に大事な出来事があり、
 すぐに車で出かけなければならなくなった時

一番上の兄が車を運転、
当然!甘えん坊の私は着いて行こうとし
母が最後に車に飛び乗った時

車のドアをバシ~~~ンと閉めたら~~~大変です!
母の指がドアに挟まれてます。

私は、「ぎゃあ~~~~~~~~~!母ちゃんの指が~~~~!」
と泣いてしまいました。
すると母は、「これくらい大丈夫だ!」 と
ドアを開けドアから手を外しました。

指から血が流れ出すのを見て・・・・・、

「母ちゃんが死んだら嫌だ!」 と
思うと涙が溢れ・・・

「母ちゃん、いでばい?」 痛いでしょ?
「こんなの、さすけね!」 たいした事ない!
と母は、手拭いで血だらけの指を押さえてました。

これを痛くないと思う心ってどうなんだろう? と思いました。

" 心が強い " って言うか図太い!

★たとえば人を傷つけたか、悩みがあった時
 母に心配事を話すとよくこう云う風に言葉が返ってきました。

「そんなの小さい事だ!」
「意外と小さいことを気にするね?」
「そんな小さいこと!」
それを何度も言われました。

そして 「〇〇〇〇した訳じゃない!から大した事ではない!」

いつでも自分次第で修復できる。自分が気をつければ取り返せる!
〇〇〇以外は・・・・・〇〇〇は人としてやってはいけない

この言葉は母だけが言った言葉です。
 
この言葉は母から先に聞いてました。

2012年9月29日土曜日

『日中国交正常化40周年!』

本日だそうです。

な・の・に~~~~~~~!最悪です。

                          
 
子供の喧嘩のようです。

野田総理国連総会

この刺激の発言で、その国の方は・・・・

日本を「敗戦国!」と言われました。

私が以前このブログで

★日本は戦争で負けても焼け野原から
 世界一レベル程の経済成長を成した。

それをどっかの国ではそれを
「戦争で負けたくせに生意気だ!」 と
思っているかもしれない?

そのままズバリですね?

★領土問題の解決策を考えました。


自分が子供の頃、
毎日兄に苛められて母に助けを求め・・・
しかし兄が小学上級生になると母の言う事は効き目が
無くなり、私は悔しくて大泣きすると・・・

母はこう言って私を慰めました。「 〇〇〇〇〇べからず!」

内容は⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒無駄な精力は使うな!

「 〇〇〇〇〇べからず!」
この言葉は自分の人生においても凄く応用できました。

2012年9月28日金曜日

『一人遊びが得意!』

子供の頃、兄達が学校へ行ってしまうと
いつも一人で遊んでました。

着せ替え人形遊びをよ~~~~~~くしてました。

一人でいろんな役をして
独り言でセリフを言って・・・・

お父さんとお母さんの役
子供の役を自分が知ってる限りの
生活を演じます。

だから子供は よ~~く自分の周りで
おきている生活を知らず知らずのうちに
観察しながら人の生き方を学んでいます。

" 子どもは親の背中を見て育つ!"

ここで勘違いして欲しくないのは
★子供の世話をやき過ぎない事

★子供はほっとかれると自分で工夫して
 楽しくなれることを見つけます。

そして 「早く学校いきたいな~~~~~~!」 と
思ってた事を覚えてます。

だって学校には同じ年の友達がいっぱいいるんだって!

学校へ入学すると・・・・・
いたいた~~~~~友達一杯!

自分にとっては、動くおもちゃ・・・・!

張り切って馬鹿をやればやるほど、
笑う動くおもちゃ・・・・!
楽しいな!学校は、楽しい遊び場

人は、自分が何を言うと楽しくなるか?

そして、父と母は毎日仕事で忙しくて
時間が無い分注でくれたたっぷりの愛情

べったりと一日中子供の世話(監視)をする事が
愛情とは限りません。

楽しさとしあわせは人に与えてもらうのではなく
自分の考え方次第では? と
自分自身で思ったりしてます。

子供は大人になって一人で人生を歩まなければならないから・・・・・

一人遊び=一人でも生きられる=一人旅

決まった今日も・・・・!






2012年9月27日木曜日

『安倍新総裁!』

" 「 政権奪還に力尽くす」安倍氏が総裁に返り咲き "

さあ~~~~~~!これからの日本どうなるんでしょう?

5年前の挫折に逃げてしまった教訓を生かして
今度こそ!と奪還できるでしょうか?

5年前の挫折、あれは苛めだと思って見てました。
世界でも目立つ日本を気に食わないよ思っている
他国の仕業ではないか・・・・・?

毎日続く苛めのような政治事件
「ひどい話しだな~~!ひどい国になったな~~!日本」
と思って見てました。

★再度のチャレンジ!よほど覚悟した動きと思います。

「強い国、豊かな日本にする!」 そうです。
これどっかの国刺激している感じ~~~~~?

今の領土問題にどんな影響があるのか~~~~?

挫折は逃げてばかりいると癖になりがち
必ずあります解決策が・・・・

 
この秋、タイラーメン売りのお手伝いをします。
 
「おいしいよ~~~~!」
早く食べたい!

2012年9月24日月曜日

『 "反日デモ " に思う事!』

少し落ち着いたようですが・・・・・・・・・・・・・・・?

こんな事もあるのでは?と思ってました。
以前にこのブログにスカイツリーの事を書いた時

" 日本のスカイツリーは世界一 " にする為
中国のツリーの高さを意識して
工事の予定を変更してまで
世界一高いスカイツリーを建てた事

確かに、日本の物作りは優れています。
でも " 世界一!" " 世界一!"と浮かれるていたら
他国はどう思うか?

中国の方はどう思うか?

日本は世界でも最も伝統のある国で
豊かで羨ましいとか?憎たらしいとか?と・・・・

そしてスカイツリーを建てた目的は高さではなく
中身の機能性だと思いますが・・・

これから人間が目指すべき事は
自分達の事だけを考える " エゴ " は
卒業しなければならない時期ではないかと考えます。

教育も数字だけで人を評価するのではなく
中身たとえば人の痛みを理解できるような教育に
なったら素晴らしい世の中に・・・・

なぜならこの世で一番恐~~~~~~い事は
人の心ではないかと思います。

自分がする事や話し方で、人はどう思うか?

 
な~~~~~ちゃって!
みんなで仲良くしようよ!
 
 
 
 
 
 

2012年9月21日金曜日

『 のりピー復帰!』

" 今朝のニュース  "

のりピーそろそろ出てこないかな~~~~~?と
思ってました。

のりピー事件の頃の人の意見は⇒

  • のりピーの芸能界復帰はありえない
  • 覚せい剤は絶対にやめられない
  • ・・・・・・・・・
いろいろ言われてましたが
 " 人の噂も・・・・・・ " と
きっとまた出てくる思いました。
やめようと決心すればやめられます。

そしてやってしまった失態を悔い改めれば
人生はやり直せると思います。

肝心なのは
" 挫折に負けるのではなく乗り越えること!"
大なり小なり人には挫折があります。

挫折は多分乗り越える為の試練と考えます。

母は強い!のりピーも強い!
人間味を深めて人に感動を与える女優へ・・・・・?
 

事件の前までのりピーを特に気にした事ありませんでしたが
この事件でのりピーに親しみを感じました。
毎日見ていた " のりピーニュース "

2012年9月20日木曜日

『人は、愛で元気になれる!』

" 人は、自然の恵みで生きている!"

そして愛情でもっと元気に生きれる。

その愛情には、親の愛や恋愛の愛、兄弟の愛や友情の愛・・・

★人がこの世に生れて一番に受ける愛は、親の愛です。
 幼少の頃の親の愛情は一生忘れないと思います。

親の愛情は、綾が死んでも子供のからだと心に生きつき
その親の愛情を源に元気に生きていけるらしいです。

それを感じたのは2年前に見たテレビからです。

日曜日の朝の番組 ボクらの時代 

その日のゲストは、75歳の詩人の男性でした。

ある人がその詩人に 「〇〇さんは、大変お母さんっ子だったそうですね?」

「はい。私は、母親に溺愛された事に自信があります。」
そして 「その愛情があるから、今こうして元気にいきてるんです。」

へ~~~~~~そうなんだ!と思いました。

100円ショップ買ったゴムの木
2ヶ月前に朝日の日光を浴びせると
こんなに元気になりました。

2012年9月17日月曜日

『海と太陽は、人を元気にする!』

父が言った言葉を思い出しました。
この言葉から父は ” 海が好き " だったのでは・・・?

愛は、自分なりのアレンジです。

その父の言葉は、自分が20代前半の夏の事でした。

その頃とてもショックなことがあり、からだに力が入らず
部屋に閉じこもり寝込んでました。

起き上がれないくらい落ち込んでました。

ようやくある日、茶の間にいると
父が話しかけてきました。

「海に行ってきたらいいべ?」
「海に行って日光浴するといいぞ!」

私は、ムスッと 「何で~~~~~~?」

☆ 「太陽の光は、人を元気にするんだ!」

心に沁みる励ましの愛の言葉であった!と今感じます。

この言葉がず~~~~~~~~~~~~っと頭・心に残っています。

一般的に紫外線はよくないと言いますが
全然浴びないと精神的によくないと云うような事を言ってました。

その言葉について、今考えると⇒

確かに、からだを労わってばかりいると
人間のからだに自然に培っている
免疫力が衰えるような気がします。

このゴーヤのように太陽の光をさんさん浴びるほど
元気に実をつけます。

光は太陽の恵みです。
今朝、夢を見ました。
男の子が水平線の海で遊んでました。
何故かエビカニを持って遊んでるのを
空から自分が見てる・・・・

2012年9月12日水曜日

『父は沖縄の " 海が好き!" であった?』

幼少の頃、「スー、スー、グー、グー!」 と寝付くまで
父は、「むか~~~し、昔~~~~~~!」 と語ってくれました。

気持ち良く眠れた事を覚えているような気がします。

今もそんな眠り方できないかな~~~~?
気持ちいいですよ!
話しを聞きながら想像して
吸い込まれるように眠るのは・・・

昔、父はその夜も 「昔々・・・」 と語り始めました。

でも聞いたことがあった時は 「おっとちゃん!その話し前に聞いた事あるよ。」
父は 「そっか~~~~?じゃあ、何の話しがいいかな~~~?」 と

いつもの沖縄の戦争の話しをよくしてくれたと思います。
父にとっては沖縄戦争の話しは実話であり、
貴重な体験であり、最も話し伝えたい事であったのではと今思います。

父は、沖縄の戦地で腕を銃で撃たれ
その傷口から蛆が湧き、その後どうやって手当てしたのか?

★多分、野戦病院を探して手当てを受けたと思います。
 当然、戦争末期の野戦病院には麻酔注射などはなく・・・・・

もし手当てがもっと!遅れていたら・・・・・・?

父の腕は蛆だらけになり、腕が腐りはじめていたら・・
麻酔をせずに腕を切り落とすしかありません。

" 腕がなくても命は助かります。"

◆腕を撃たれたり、足を撃たれたり怪我をした
 兵隊たちは麻酔せずに手術を受けたと思います。
 その残酷さを想像すると・・・・・・・?
 腕を鉈で切り落とす・・・・・・?

幼い子供には残酷過ぎで、
この事は話ししてくれなかったように思います。
記憶にありません


ちょっといやらしい写真ですが
どうやら父は海が好きだったのでは?

 そして海の話しもしてくれたと思います。
幼児の自分にとって、海はまだ見たことありません。
 
海を父は 「広~~~~~くて、大~~~きくて、きれ~いで水平線が見えた!」
そして、「海の色は水色で、沖縄は南の島でいつも夏のようだった!」

そんな話しを何度何度々々々もも聞いて、幼児であった
自分に新鮮なイメージが頭に焼きついたんだと思います。
 
海ってどんなんだろう~~~~~~~~~~~?

 




2012年9月6日木曜日

『 " 海が好き!" になる源 』

子供の頃、猪苗代湖の風景を見てから
海に一目惚れをしてしまい・・・

その後の人生、様々な海へ⇒⇒⇒⇒⇒⇒

あまり何故、海が好きになったんだろう?
と考えた事はありませんが、
ブログを書くようになって最近考えてみました。

自分の幼少の頃と父の事を思い出すと

どうやら?" 海が好き!" になる源は
父の影響ではないか・・・・?

幼少の頃の寝る前に語ってくれた
沖縄戦争の話し・・・
兄達も聞いていましたが
末っ子の自分は一番長く聞き
父も思う存分、沖縄の思い出を
語ってくれたと思います。

その話しの全てを覚えている訳ではありませんが、
私の頭と心に記憶と云うか
夢のように頭と心に染付いたと自覚します。

" 人の性格・脳は3才までの育った環境で決まる "

3才までの体験が覚えていなくとも
身体と脳が覚えているのでは・・・・?

" 海が好き!" になった源を決定づける写真を
父が持っていた " 海の思ひ出 " アルバムから見つけました。















2012年9月4日火曜日

『3歳児の記憶 ” 母編 ”』

3才の頃、住んでいた仮設住宅での事です。

昔、お風呂とトイレはどの家もほぼ外にありました。
その頃、お風呂には兄二人と3人で一緒に入ってました。
そして、お風呂場には電気がなく
ろうそくの明かりで入ったように思います。

子煩悩な父は、風呂の薪を焚きながら
子供達3人のからだを洗ってくれ世話をして入れてくれました。

一人ずつお風呂に入れるより
3人一緒に入れれば手間が一回で済みます。
子育て真っ只中の母と父の知恵です。

当時は、石鹸なども無かったと
記憶します。

子供達がお風呂から上がると私は抱きかかえられて
仮設住宅の母屋へ連れて行かれます。

母屋では母が着替えを準備していて
裸の私を父から母へ手渡されます。
風邪を引かないように母は素早く
着替えさせなければなりません。

~~~~が、この子は父の手から離れた瞬間の
親が目を放した隙に身を交わし
「キャ、キャ~~~~~~~~~!」 
と逃げ家中を逃げ回ります。
この頃から逃げ足が早かったようです。

幼児はよくこんな事をしますね?
お風呂上りが気持ちよくて
はしゃぐすがた・・・・
猿状態です。

私も同じでお風呂上りが気持ちよくて               
なかなか着替えなかった事を覚えてます。

風呂上りにスッポンポンでハシャギ回るのは
当時の習慣だったと思います。
追いかけて来る母を鬼ごっこように 「キャッキャキャ~~~~~~~~~!」 と
畳んである布団に飛び込んだり、楽しくて気持ち良くて・・・・・・・

でも母にとっては、なかなか言う事を聞かない子供を
悩みの種だったかもしれません。

今思うと、親は一日中仕事をして疲れていたと思います。

★そして母は、怒らずに言う事を聞かせる、ある " 名言 " を言ったのです。

その頃からこの子供は大きな悩みを持っていました。
すぐ上の兄に毎日苛められていたのです。

この子供の悩みを活かして母は、
★「ホラホラ早くしないと〇〇に~~~~から・・・・・・!」
    エッチな言葉で含まれていて、とても面白い言葉です。
  この言葉、あまりにも面白くて忘れられません。
  この言葉に私は、すぐに反応してパンツに足を通した事を覚えてます。
  大きなパンツでした。

何故、母は子供を叱らなかったのか?
叱って子供を泣かすと父に叱られるからです。
今思った事です。

この頃から母は、怒らずに言う事をきかせる知恵がついていったのでは・・・?

おばあさんと撮った写真!「ばばちゃん!」 と呼んでました。
なかなか貫禄のあるおばあさんでした。